「自分が薄っぺらい」のではなく、言葉にした範囲が薄かった|AIが見せてくれた経験の棚卸し | 暮らしと循環のデザイン

「自分が薄っぺらい」のではなく、言葉にした範囲が薄かった|AIが見せてくれた経験の棚卸し

長年続けてきた活動があります。

当然、経験はある。

でも、それをAIに渡して、

「これまでの経験をもとに、自分の専門性を整理してみる」

ということをやってみると、思ったほど濃いものが出てこない。

本人としては、

「なんだか自分が薄っぺらい人間みたいに見える」

と感じる結果でした。

ここで、面白い見方が出てきます。

AIが見ているのは「自分」ではなく「渡した素材」

AIは、こちらが渡した材料をもとに考えます。

だから、出力されたものが薄いからといって、

「自分の経験が薄い」

とは限らない。

むしろ、

「自分が言葉にして渡した経験の範囲が薄い」

だけなのではないか。

そんな捉え方が出てきました。

これは、かなり大きな違いです。

経験はある。でも、言葉になっていない

仕事を長く続けるほど、

「これは普通のこと」

と思うものが増えます。

だから、

なぜそう判断したのか。

何を大切にしてきたのか。

どんな失敗をしたのか。

何を工夫してきたのか。

そういうことを、わざわざ文章に残していない。

でも、それを一つずつ言葉にしていけば、

文章になる。

講座にもなる。

プロフィールにもなる。

新しい商品を考える材料にもなる。

AIに渡す素材にもなる。

「自分には何もない」と思う前に、

「自分の中にあるもののうち、まだ言葉になっていないものはどれくらいあるだろう」

と見てみる。

経験の棚卸しとは、足りないものを探す作業ではなく、すでに持っているものを見つけ直す作業でもあります。

この事例では、AIそのものというより、「すでにある経験という資産を棚卸しし、言語化する」というデザインの考え方が背景にあります。

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