「周りの人がみんな、将来が不安だからと海外株の投資を始めているんです。でも、なんだかそれに違和感があって」
ある日のセッションで、そんな相談を受けました。 世間では「老後資金のために」「資産を増やすために」と、投資をすることが半ば常識のように語られています。しかし、その方は、将来の不安を煽られてお金を外へ流すことが、「今ここにある暮らし」や「今を豊かにすること」を犠牲にしているのではないか、と感じていました。
普通なら、「そうは言っても、将来お金が足りなくなったら困るから、少しでも増やしておくのが賢い選択だ」と考えるかもしれません。生活を守るためには、それが正解のように見えます。
しかし、なぜこの方は強い「違和感」を抱いたのでしょうか。 セッションの中で一緒に言葉を紡いでいくと、一つの構造が見えてきました。
それは、「個人が生き延びるための法則」と、「社会全体が豊かになるための法則」が、今の状況では矛盾してしまっている、という事実です。
たとえば、国全体が貧しく、自分たちの力で富を生み出せない状況を想像してみてください。 その国で個人が豊かになろうと思えば、外国語を学び、外国の企業のために働き、外国に投資をするのが「最適解」になります。 しかし、優秀な人がみな外へ向かい、資金も外へ流出してしまえば、その国全体はどんどん貧しくなっていきます。国力が落ちれば、巡り巡って、その国で暮らす個人の首を絞めることになります。
個人が生き残るための「正しい行動」が、全体を豊かにすることに繋がらない。 この矛盾(合成の誤謬)が無意識下で感じ取れていたからこそ、「なんか違う」という違和感として表れていたのです。
私たちは何か問題に直面したとき、「どうありたいか(主観・目指すもの)」と、「こうすればこうなる(物理法則・客観的な仕組み)」を混同してしまいがちです。
「全体を豊かにしたい」と願いながら、気づかないうちに「全体が貧しくなる仕組み」に乗ってしまっている。そのズレが、日々のモヤモヤを生み出します。
あなたの仕事や暮らしの中にあるお金の使い方は、遠い未来の不安を埋めるためでしょうか。それとも、足元に豊かさを循環させるためのものでしょうか。
こうした複雑に絡み合った「主観」と「仕組み(物理法則)」を、頭の中だけでなく、紙の上に書き出して整理できるようにしたのが、私がつくっているデザインツールです。構造が目に見えると、違和感の正体がはっきりと輪郭を持ち始めます。