ある職人の物語② ― 霧の中で見失った、たった一人の「お客様」

前回の記事では、私が「幻の商品」を売っていたことに気づき、お客様の頭の中に価値を届けることの大切さを学んだお話をしました。
賢人・杉浦さんの教えを得てからというもの、「ひかり茶房」の木の扉は、以前よりも頻繁に心地よい音を立てて開かれるようになりました。
私はお茶の物語を語り、お客様はその物語ごとお茶を味わってくださる。お客様の笑顔を見るたび、私の心にも温かな光が灯るのを感じていました。霧は晴れ、私の道は光に照らされている。そう、信じ始めていた矢先のことでした。
新しい依頼と、再び立ち込める霧
ある秋晴れの日、お店に一人の女性が訪れました。この地で三代続く老舗旅館「霧の宿」の女将さんでした。
「ひかりさんの噂はかねがね。ぜひ、うちの宿でお客様にお出しする特別なハーブティーを作っていただけませんか?」
願ってもないお話でした。
しかし、女将さんと打ち合わせを重ねるうちに、私の心には再び、あの嫌な霧が立ち込めてきたのです。
「どんなお茶にすれば、宿を訪れるお客様は喜んでくださるだろう…?」
私は、顔も名前も知らない、遠い旅人たちのことを必死に想像しました。疲れて宿に着いたビジネスマンだろうか。記念日を祝う若いカップルだろうか。考えれば考えるほど、お客様の姿はぼやけていきます。
女将さんの好みと、旅人たちの好み、どちらを優先すべき?
一体、私は「誰」のために、この宝物を作るべきなのだろうか?
情熱を注ぐべき対象が見えなくなり、私のブレンドを試す手は、またしても固まってしまったのです。
賢人のもう一つの問い ―「代金をいただくのは、誰かね?」
どうしようもなくなり、私は再び「杉浦漆器」の扉を叩きました。
「杉浦さん…また、霧の中なんです」
事情を話すと、杉浦さんは黙って頷き、作業台に並んでいた小さな漆の箸置きを一つ、指でそっとなぞりました。
「これは、駅前の料亭『やまぶき』さんから頼まれた品だ。この箸置きを使うのは、料亭を訪れるお客様。だがね、ひかりさん」
杉浦さんは、私にまっすぐな目を向けました。
「私がこの品物を届けた時、代金をくださるのは誰かね? 料亭のお客様かい? それとも、『やまぶき』の主人かい?」
あまりにシンプルな問いに、私ははっとしました。
「…それは、料亭のご主人です」
「その通りだ」と杉浦さんは静かに言いました。
「私の仕事は、主人がお客様に提供する料理を、さらに美しく見せるための手伝いをすること。主人の商売を、より輝かせることだ。だから、私のお客様は、料亭の主人なんだよ」
そして、彼はこう続けたのです。
「ひかりさん、商売の道で迷ったら、お金の流れを辿ってみなさい。あなたに代金を支払ってくれる人こそが、あなたの本当のお客様だ」
その瞬間、私の心を覆っていた霧が、強い光に貫かれて消え去っていくのを感じました。
私の「お客様」と、本当の「商品」
私のお客様は、「霧の宿」の女将さんだったのです。
私が提供すべきだったのは、単なる「美味しいハーブティー」ではありませんでした。
私が本当に売るべきだったのは、**「女将さんが、宿のお客様をもっと幸せにするための、物語付きのハーブティー」**という商品だったのです。
私の仕事は、女将さんの商売を成功させるためのお手伝いをすること。
そう考えた途端、やるべきことが明確になりました。
私はすぐに女将さんに連絡を取り、新しい提案をしました。
最高のハーブティーと共に、宿のお客様が読めるように、そのお茶の物語を綴った小さなカードも一緒に納品させてほしい、と。
カードには、「霧の宿での滞在が、心安らぐひとときになりますように」というメッセージを添えて。
女将さんは、私の提案を心から喜んでくださいました。
霧の晴れた道
賢人・杉浦さんから授かった、二つの道しるべ。
一つ、価値は、お客様の頭の中に生まれる。
二つ、あなたのお客様は、あなたにお金を払う人。
この二つがあれば、もう道に迷うことはありません。
たとえどんなに複雑に見える依頼でも、誰の頭の中に、どんな価値を届ければ良いのかがはっきりとわかるからです。
私の目の前には今、光に満ちた道がどこまでも続いています。
あなたのビジネスは、今、誰の方向を向いていますか?
もし少しでも霧を感じるなら、そっとお金の流れを辿ってみてください。
そこに、あなたが本当に笑顔にすべき、たった一人のお客様の顔が浮かび上がってくるはずです。
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