商品ではなく、その先の世界を見る
冬にできる新しい企画について話しているとき、「ロープワーク」の話が出ました。
冬でもできる。
屋内でもできるかもしれない。
技術として教えることもできる。
でも、そこで一つの疑問が出ます。
「ロープワークそのものに、お金を払ってくれる人っているんだろう?」
これは、ごく自然な疑問です。
「何を教えるか」と「何が欲しいか」は同じではない
ロープワークを教える。
これは、提供する側から見た話です。
一方で、参加する側からすると、
「ロープワークを習いたい」
とは限らない。
もっときれいにキャンプができるようになりたい。
自分で何かをつくれるようになりたい。
子どもと一緒に自然の中で遊びたい。
道具を自分で扱えるようになりたい。
あるいは、
「自分でできることが増えていく感じが好き」
なのかもしれない。
つまり、「何を教えるか」と「なぜそれを欲しいと思うのか」は、別の話です。
技術は「手段」になれる
ここが見方の変わるところです。
ロープワークを売る。
そう考えると、需要があるのか気になります。
でも、
「ロープワークができるようになると、どんなことができるようになるのか」
と考えてみると、話が変わります。
技術は、それ自体が目的でなくてもいい。
その人が見たい世界に入るための道具でもいい。
これは、商品を考えるときにも同じです。
「何を売るか」だけではなく、
「それを手にした人は、どんな世界を見るようになるのか」
を見る。
すると、今まで単なる技術だったものが、別の意味を持ち始めます。
あなたの仕事で提供しているものも、
「これは何の商品だろう」
ではなく、
「これがあることで、その人は何ができるようになるだろう」
と見てみると、まだ言葉になっていない価値が見つかるかもしれません。
この話の背景にあるのは、「商品の価値を、機能そのものではなく、その先にある変化や世界から見る」という考え方です。