物語で読むコーチングの気づき|第三話「鏡の中のレッスン」
※ この物語は実際のコーチング内容を元に書いたものですが、固有名詞、状況などは一般化した架空のものです。

佐藤恵の世界は、この数週間で大きく変わった。
自分の庭園を守る「庭師」から、まだ見ぬ森へ人々を送り出す「案内人」へ。そして、美しいガラスの小瓶(商品)を売るのではなく、それによって開かれる未来の物語を届ける「語り部」へ。
老コーチとの対話で得た二つの羅針盤は、彼女の心にあった霧をすっかりと晴らしてくれた。
高橋誠との打ち合わせは、もはや業務の引き継ぎではなかった。二人は目を輝かせながら、生徒たちの人生にどんな新しい物語をプレゼントできるか、夢中で語り合った。
恵は、自分が確かな成長を遂げている実感があった。そして、その経験を他の生徒たちにも分かち合いたい、という自然な思いが湧き上がってきた。
「そうだわ。小さな勉強会を開こう」
テーマは「あなただけの教室の作り方」。
資格は取ったけれど、次の一歩をためらっている生徒たちのための、特別なレッスンだ。恵は、自分が乗り越えてきた壁の話をすれば、きっと彼女たちの背中を押せるはずだと信じていた。
先生としての、確信
その日の午後、教室には選ばれた数名の生徒たちが、緊張と期待の入り混じった表情で集まっていた。恵は、彼女たちの前に立ち、穏やかに、しかし力強く語りかけた。
「皆さんが売るのは、ハーブの知識ではありません。皆さんが売るのは、『あなたと出会うことで変わる、誰かの未来』です」
恵は、自分がコーチから学んだばかりの言葉を、自分の経験として語った。
「もし、周りに同じような教室が増えることを恐れているなら、それは、あなただけの価値をまだ見つけられていない証拠です。目指すのは、誰かより『上手く』なることではありません。誰とも違う、『あなただけの物語』を紡ぐことです」
生徒たちは、真剣な眼差しで頷いている。
恵は、自分の言葉が彼女たちの心に届いている手応えを感じていた。悩み、壁を乗り越えた今の自分だからこそ伝えられることがある。その確信が、彼女を心地よい高揚感で満たしていた。
「素晴らしいレッスンだった…」
生徒たちを送り出し、一人になった教室で、恵は満足感と共に深く息をついた。
鏡に映った、一番の生徒
夕暮れの光が差し込む教室で、後片付けをしながら、恵は先日の老コーチとの対話を反芻していた。
『君の新しい役割は、名工を育てる名人になることだ』
『君だけの価値を、もう一度定義し直す時が来たのだよ』
コーチの言葉が、頭の中でこだまする。そして次の瞬間、まるでデジャブのように、数時間前に自分が生徒たちに語った言葉が、その上に重なった。
『あなただけの価値をまだ見つけられていない証拠です』
…え?
『誰とも違う、あなただけの物語を紡ぐことです』
…まさか。
恵は、持っていたティーカップを思わず落としそうになり、その場に立ち尽くした。
なんてことだろう。
私は今日、生徒たちに何を教えていた?
高橋さんの活躍に嫉妬し、「ライバル」だと恐れていたのは、一体誰だった?
自分が「名工を育てる名人」という新しいステージに立ったにもかかわらず、その**「新しい自分だけの価値」**をまだ明確に定義できずに、不安に揺れていたのは、どこの誰だったというのだ。
すべて、私自身のことではないか。
生徒たちに偉そうに語っていた言葉は、すべて、コーチが私に与えてくれた教えそのものだった。そして、その教えを一番必要としていたのは、目の前の生徒たちではなく、教壇に立っていたこの私自身だったのだ。
夕暮れの教室の窓ガラスに、呆然と立ち尽くす自分の姿が映っていた。
自信に満ちていた「先生」の顔はどこにもなく、そこにいたのは、今日一番大切なレッスンを、自分自身から教えられた、一人の謙虚な「生徒」だった。
旅はつづく
この気づきは、少しばかり気恥ずかしく、そしてたまらなく愛おしいものだった。
人は、誰かに何かを教える時、最も深く自分自身と向き合うのかもしれない。
自分の言葉がブーメランのように還ってきて、自分の未熟さを教えてくれる。その繰り返しこそが、「成長」というものなのだろう。
私の旅は、まだまだ始まったばかりだ。 案内人として、語り部として、そして何より、学び続ける一人の生徒として。
この庭から、まだ見ぬ森へ。 私の物語は、これからも続いていく。
(おわり)
ハーブ教室「ミントガーデン」主宰 佐藤 恵
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